優秀賞
第1回 看護・介護エピソードコンテスト『忘れられない介護エピソード』 本田 涼子さん

私は現在四十歳、体格は普通の人の二倍以上です。つい先日まで介護実務者養成科に六ヶ月通っていました。その研修中に六日間の入所施設での実習があったのですが、そこでの出来事が忘れられない私の力になった事例を書きたいと思います。

施設で知り合ったSさんは昔気質な所があり、さらに言葉を発するのが難しい方であるとの事でした。初日のコミュニケーションでは、私が近付いて体型ネタなどで話しかけると、下を向いて少し笑われる程度でした。私がその場を離れて作業をしていると、心配そうな顔をして、視線を向けられている気がしました。

二日目の昼食事、担当者より「食介についてもらおうと思うのだけど、Sさんは普段実習生の手からは食べようとしない。できるか分からないけどやってみますか?」と言われ、「是非お願いします。」と早速いすを持ってSさんのもとに近づきました。トホホな表情ではにかむSさんに私は敬う心を込めて、「Sさん今日お食事のお手伝いをさせて頂いてよろしいですか?」「初めてですが真剣に取り組みたいと思います。何か気付けば教えて下さい。」とお願いしたところ、すごく優しい顔で頷いてくれました。
そして一口が小さければ自分の左人差し指を箸に見立てた右手でつかみ、身ぶり手ぶりで教えてくれたり、とにかく1つ1つを丁寧に教えてくれました。さらに私は食べやすいようにと、ババロアを少し小さめにしたら、首を横に振って“違う”の合図。何が違うのか分からず、考えた末に担当者に聞くと、「よく分からないけどスプーンを口元に運べば食べるよ。」と言って食べさせる・・・。Sさんは食べはしたけど、どこか納得していない様子で何かを伝えようとしているけど私が理解できない。二人食堂で何分か考えていました。

ふとした拍子に、もしかしたら食べ物の形を残してほしい。「少々大きくてもいいからという事ですか?」と尋ねたら、Sさんが突然涙を流され何度も頷かれました。気持ちが伝わった事がお互いに本当にうれしくて、たった二人食堂で大泣きしました。その時施設の方々は忙しい中、笑顔で見守って下さっていました。

たったこれだけの事ですが、残りの四日間もとてもすごい事がおきました。例えば口腔ケアをするにも義歯を自分で外して渡してくれたり、口の中が気持ち悪ければきちんと教えてくれてやり直し、良ければ満面の笑みでOKサイン。関わる度に良い悪いを我慢せず伝えてくれるようになりました。

最終日の六日目に娘さんが来られて、「六日間ありがとう。お父さんはすごくあなたを気に入っているよ。ずっと笑顔だった。ふくよかな所が私に似ているんだって。」と声をかけてくださいました。最後にSさんに「六日間沢山の事を勉強させて頂きました。私はこれから頑張って立派な介護士になります。またSさんに会いに来ても良いですか?」するとSさんが私の手を握り、しっかりと私の目を見て、精一杯の力で「い・・・つ・・・?」と応えてくれたのです。このたった二言は私にとって何百の言葉より力強く、そして大切な言葉となりました。私にも娘さんにもはっきりと聞きとる事ができ、あの食堂で三人で涙しました。

施設をあとにする時、沢山の利用者さんと握手してお別れしました。この研修で気持ちは必ず伝わる事、伝える事の大切さ、年や体型などではなくとにかく一生懸命する事、努力は必ず報われる事を学びました。

私は今年の一月より別の施設ではありますが介護の仕事に就く事が出来、毎日頑張っています。初心を忘れる事なく、いつも笑顔で一人一人の気持ちに応える事ができる介護士を目指して日々努力していきたいと思っています。

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