大賞
第3回 看護・介護エピソードコンテスト『ほがらかに楽しくおらせてくれやの』松村 朋枝さん

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もう、ええとしになったんやから、いつ死んでもええんや。
そやけどの、最期の日まで朗らかに楽しくおらせてくれやの。

25年間勤めた職場を辞め、暮らしの保健室を併設する“コミュニティスペースややのいえ”の内で訪問看護ステーションの立ち上げを決意した私の前に正子ばあちゃんは現れた。小さいころから“ばあちゃんっこ”だった私はすぐに正子ばあちゃんのとりこになった。94歳、若い頃からずっと田んぼや畑で汗を流し、70年守り続けた畑は正子ばあちゃんの自慢だった。近年、腰部脊柱管狭窄症・多発性脳梗塞・パーキンソン症候群で中等度の認知症がみられていた。元々長男家族と同居していたが、3月に腰椎圧迫骨折にて入院。その後ひ孫が生まれたのと農家の仕事が忙しくなるとのことで自宅には帰れず、隣町の老人保健施設に一時的に入所していたが、5月に長男嫁がタンクローリーと正面衝突するという大きな交通事故を起こし生死の危機に直面したため、自宅に帰るという選択肢を失ってしまった。しかし、施設での正子ばあちゃんの様子に愕然とした三男の嫁が引き取った。
まだ、ホームホスピス準備中のため、介護福祉士を中心に家族であり看護師である嫁と協力しながら訪問看護・リハとして正子ばあちゃんに関わることになった。最初の衝撃は、正子ばあちゃんの気持ちが分かったときだった。彼女にとって一番嫌だったのは、「ばあちゃんは何もせんでいいよ」「あれしちゃだめ、これしちゃだめ」と言われることが何よりも辛かったのだ。正子ばあちゃんには「前みたいにできんのやから、な~んも役にたたん」要するに“いなくてもいい存在”と言われている気がしたそうだ。

ほがらかに楽しくおらせてくれやの/松村 朋枝さん長年保育士をしていた母は新潟県小千谷市の中心の商店街で子育て支援センターの所長をしていた。中越地震があった2004年に自身も被災したが、そのセンターが急遽被災者の避難場所になり、母は一生懸命被災者の世話にあたった。避難所が解散し直後のことである。母が突然、「震災でお世話になった人へのお礼状の書き方がわからない」と一言いって泣き出した。その日を境に母の様子が変わってきた。長年つけていた5年日記が書けなくなっていたのだ。5月のある日突然父親から「家族会議を開きたいから実家に集まるように」と兄弟3人に連絡が入った。その夜、実家の玄関を開けた瞬間に尿臭がしてトイレにオムツが山積みになっていた。私は、目の前に起きたことが信じられずなかったことにしようと思い床についた。翌朝、父から母が若年性認知症になり尿意も分からない状態でオムツをつけていること聞かされた。母親の看護をするために片道300kmを4時間かけて毎週通った。そのときに、限られた時間の中で食事の用意や家の掃除・母親の排泄介助などをしなければいけなかったため、同じような言葉を母親に言ったことがあることを思い出した。正子ばあちゃんの言葉を聞きながら、「もしかして、母親も同じような気持ちだったのかもしれない」とこれまで言葉にしてこなかったことを思い出した。母親の介護に対して後悔がある私は、その日から「正子ばあちゃんらしくいて欲しい。そのためにはどうしたらよいか」ということを仲間と一緒に真剣に考えるようになった。

正子ばあちゃんの米寿を記念してつくられた聞き書き冊子を読んだ。その冊子の中には、正子ばあちゃんの口癖の「今が一番しあわせ」という言葉がちりばめられたいた。毎日の介護や看護・リハとして関わる中で、正子ばあちゃんからのひとことを「ひとこと聞き書き」として記載していくことにした。今までは、まずは病気の症状や進行具合、既往歴、リスク管理、身体能力や生活能力などを中心に見てきたが、ひとこと聞き書き意識することで、カルテには正子ばあちゃんの生き生きとした様子が手に取るように伝わるようになった。
正子ばあちゃんの生きざまを通して、「これからどのようにしたいのか」を常に意識して聞くようになった。正子ばあちゃんの部屋は、トイレに一番近い場所にした。ベッドや手すりといった環境を整えると自力でトイレまで行けるようになった。彼女は徐々に自信をつけてきた。「今、一番したいことは何?」と聞くと、「草むしりやぁ」と言った。部屋の窓から見える裏庭の雑草を見ては、毎日苅らないと伸び放題になると気にしていた。ケアマネや福祉用具のスタッフとも連携し、レンタルの階段と手すりをつけて裏庭に出て草むしりができるようにした。
自信がついてくると、面白いように声かけの方法なども、関わるスタッフひとりひとり違っていて、正子ばあちゃんは人ごとに対応を変えていることがわかった。
そして毎日、正子ばあちゃんが話す楽しい言葉を聞き流さないようにと、スタッフ皆で自慢げに語り合うようになった。看護や介護に携わる私達にとってたくさんのヒントが詰まっており、考えされられる。

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