Oさんに地元のお菓子をお土産で購入し、早く渡したくて急いで出勤すると、何故かOさんの記録ファイルがありません。
『あれ? ? ?リハの先生が持っていってるのかな? ? ?』
しかし、呼び出しコールの札もないのです。
ファイル、名札がない・・・まさか・・・
すぐにスタッフに
『なんでOさんのファイルないん? ? ?コールの札ないん? ? ?』
と詰め寄ると、スタッフは曇った表情で言いました。
『あんたが休みの時、急変して搬送されて、そのまま・・・』と。
次の瞬間には、勝手に涙がポロポロと頬を伝い、渡すつもりのお土産の紙袋にボタボタと零れ落ちました。
『そんな事あるはずない!』
とOさんのお部屋に駆け足で向かい、扉を開けましたが、本当にOさんの姿はありませんでした。
お部屋はまだそのままで、私が渡した色紙はきちんと箪笥の上に飾ってくれていて、その横には一緒に撮った写真がありました。
『可愛い小山ちゃんと クリスマス』
と書いてあり、優しい笑顔のOさんがそこにはいました。
日当たりの良い窓際の椅子に、まだOさんが座っている様な気がしました。
溢れる涙をゴシゴシと拭っても、やっぱりそこにOさんはいません。
体の力が抜けて、床に座り込み、声を殺して泣きました。
介護の仕事を始めて、利用者さんとの初めてのお別れでした。
様子を見に来てくれた先輩が
『Oさん、私にも“あの子は一人やから寂しい思いしてるやろなあ”っていつも言ってたよ。きっとあんたの事、ほんまの孫みたいで可愛かったんやろなあ・・・』
と涙しながら話してくれました。
私はOさんとのお別れがきっかけで、利用者さんの異変にいち早く気付ける様になりたい、医療の知識を身に付けたいと強く思う様になり、数年後、介護士から看護師になりました。
働く場所も老人ホームから病院へと変わりました。
病棟では、老人ホームの様に密接な関わりは、正直難しいです。
しかし、Oさんとの出会いと別れがあったからこそのシフトチェンジだと今は思っています。
私の様に利用者さんに感情移入をする事は、あまり好ましい事ではないかもしれません。私はOさんとの出会いと別れを通して『利用者さんを家族だと思い常に関わる』と云う事の大切さを教えてもらいました。
そこに本当の家族の絆はありませんが、血は繋がっていなくとも、人を大切にする心や人を思いやる心は必ずあるのです。
老人ホームから病棟へと働く場所は変わった今も、今後どんな場所で働く事になっても、その思いはこれから先も、ずっと変わる事はありません。
田舎から出てきた小娘をいつも見守り、優しく包んでくれた事を、私は一生忘れないでしょう。
Oさんのくれたその愛情は、まさに『もう一人のおはあちゃん』そのものでした。