選考委員特別賞
第4回 看護・介護エピソードコンテスト『ほどほど、そこそこ、楽しんで。』 吉永 めぐみさん

『介護の仕事はほどほどに、そこそこに力を抜いて。日々の業務に自分の楽しみも散りばめて』。認知症のご高齢者を相手に、介護職を楽しむにはどうしたらよいか考えて、自分なりに導き出した在り方だ。

こちらが焦ってもご高齢の相手はなかなか動いてくれないし、動きはとてもゆっくりしている。ご飯を食べるのも、立ち上がるのもの10カウントものだ。そうかと言ってすべて遅いわけではないのでヘルパー初心者には要注意だ。汚れたものや持ちだしを禁止している喉詰まりしやすい食べ物をポケットにささっと入れる手際の良さはなかなかだ。段々と気心が知れてくるとこの動きの駆け引きが日々の楽しみ、コミュニケーションの一環となる。「やるな」と感心するところまで来れば、介護職も心のゆとりが持てている証拠。ひとつひとつを面白がる余裕がなくては現場がピリついてしまうのだ。

基本のキだが、「転倒」、「骨折」、「喉つまり」は介護現場でもっとも注意しなくてはならない事故だ。事故を恐れるあまり、「待って」、「動かないで」、「危ないから」とついつい言ってしまうのが日常だ。教科書的にはタブーなのは皆分かっているが、少ない人数で複数人の入居者さんを見守り・介助している施設などでは事故を防ぐことに必死になってしまう。

介護の現場で働き始めた当初、「動かないで!」、「ほら、危ないからやめてって言ってるでしょ!」との力強すぎる先輩職員の言葉にショックを受けた。私はもともと介護とは縁のない職場にいたせいか、お客様(入居者さん)に指図するの?何言ってるの?と思わずにはいられなかった。みんな力を抜いて、ほどほどの緊張感と、そこそこの焦りでやって行ければいいのにといつも感じていた。反発した私だったが、自分ひとり流れに逆らって心持ちゆっくり目に動いても、単に仕事のできない人、使えない人になってしまい、なかなか自分の思いは同僚に伝わらなかった。皆と同じことをしていたら、やってはいけないこと、言ってはいけないことがいつしか当たり前で平気なことになってしまいそうだった。毎日のルーティーンワークは単調で、正直言ってつまらなかった。先輩職員の苛立ちも分からない訳ではない。だけど、だからと言ってそれでいい訳がない。

うつうつと悩んでいたそんな頃、困った時は基本に立ち返るのが一番と思い、ヘルパー資格を取った時の教科書を読み返した。キーワードはその人らしさの尊重だった。相手の気持ちに沿って、喜んでもらえるように、その人らしさを尊重して。私がまず思いついた「その人らしさ」は服装だった。その昔、広告デザインの仕事をしていた時、自分らしさを打ち出すことが上手な人たちに囲まれていたのがヒントになった。服装はその人らしさの表れなのだ。

乾いた洗濯物を箪笥や引き出しに戻す時に、ちょっとくたびれていて、大事にしているらしいブラウスやセーターを見つけるようにした。それらに合わせると素敵に見えるズボンやスカートも。入浴サービス後のお着替えは上下のコーディネートを考えて用意してみた。このブラウスにはこのズボン。靴下は明るめの色がいいかな…。楽しい作業だが、私の担当するユニットはお話しが困難な方がほとんどだから概ね私のセンス任せとなる。くたびれ加減は繰り返し着た証拠。その人らしさをイメージして。「ミサコさん、水玉ブラウスにグレーのズボンにしてみました」と声を掛けると心なしか表情が緩んだような気がした。入居者さんみんなが集まる食堂で同僚職員がミサコさんの服装を褒めた。「あら、水玉ブラウスいいじゃない。ステキ、ステキ」。ミサコさんは確かに得意げな表情を見せていた。私のその人らしさ作戦は成功か?食事介助しながら「ミサコさん、ステキだって」と喜んだのはミサコさんなのか、私だったのか。ひとつの成功体験は次に繋がる。ミサコさんの次は、ヨシコさん、そしてその次は…。そうして入居者さんの入浴日が待ち遠しくなり、洗濯物を戻すのも、食事介助もその人らしさの追求に結びついていった。

介護は大変な仕事。仕事をしていれば焦ることも苛立つこともある。だけど大変な仕事は山ほどあるし、入居さんという先輩から自分の今後を学ぶこともできる。どんな場面でも、そこそこ、ほどほどに余裕を持って、仕事の中に楽しみを散りばめながら、この仕事を続けていく。

以上

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