人工知能学に基づく「認知症見立て知」の共学・共創システムの開発と実証評価研究

弊財団と一般社団法人みんなのケア情報学会ならびに静岡大学は、「人工知能学に基づく「認知症見立て知」の共学・共創システムの開発と実証評価」研究委員会(委員長:竹林洋一(一社)みんなのケア情報学会理事長)を共同で立ち上げました。

みんなのケア情報学会は、認知症の見立て学習プログラムを開発しています。静岡大学は、この学習プログラムを活用し、認知症の“見立て”能力を育成するため、一般の方を含めた専門職を対象とし①人工知能(AI)技術を活用して見立て「知」を蓄積するデータベースの構築、②協調学習環境の構築、③AI技術を活用して学習プロセスを評価する仕組みを開発し、学習効果の検証を行います。
広く地域社会の人々の認知症の見立て能力が向上することは、地域包括ケアの構築に資するものと考えています。

2022年度

2018年度から、当財団と一般社団法人みんなの認知症情報学会ならびに静岡大学は、「人工知能学に基づく「認知症見立て知」の共学・共創システムの開発と実証評価」研究委員会(委員長:竹林洋一(一社)みんなの認知症情報学会理事長)を共同で立ち上げました。超高齢社会を迎えている中、専門職はもとより、広く地域社会の人々の認知症の見立て能力が向上することは、地域包括ケアの構築に資するものと考えています。

2022年度は、基本コース(7月〜10月、隔週開催の全7回、20名程度の参加者)を実施し、これまでの分析の知見を総合し、経験を活かし、経験が副作用となる知識の再構築を促すための経験的な学習を主軸としたプログラムに発展させました。また、見立て塾における各種データ分析を統合的に進めることで、個別学習からグループにおける協調学習に至る学習活動のログを蓄積し、ラーニングアナリティクスを実践しました。

[楠田 23]では、多肢選択式のオンラインテストの分析によって、経験的な常識的知識が学習を阻害している様子や、知識が十分に身に着いていない場合は語感や言葉の関連性など一般的に誰にも共通する知識を使って回答している様子が観測できました。本研究で常識的知識が学習を阻害している様子が明らかになり、これまでの伝統的な経験学習のモデルをアップデートする必要があることが示されました。特定の選択肢が多くの学習者に誤って選択されたり正解にもかかわらず選択されなかったりするという傾向は、教材や教授方法の改善にもつながります。

また、[Urushibata 22]では、アドバンストコースで実施したケースの創作活動における、対話の流れから知識の活用や思考プロセスの評価を、ナレッジグラフを活用したアプローチで可視化、分析しました。ナレッジグラフの可視化によって、対話の中でどのように知識をケースに埋め込み、また見立てているのかが外在化されることが明らかとなりました。ケースの共創活動では参加者がplayfulになり、学習したことを発現する場として知識や思考プロセスの評価にも有効であることが示唆されました。

さらに、これまで見立て塾の受講者にフォローアップの追跡調査を実施しました[楠田 博士論文]。計139名に対して見立ての手法を日常業務で実践しているか、していないとしたら何が原因なのか、今後どのようにすれば見立てをもっと日常業務に取り入れられるかの追跡アンケートを実施し、67名から回答を得ました。「日常業務で、見立て塾で学習した、第一段階(状態の評価)、第二段階(改善可能な部分の検討)、第三段階(認知症の原因疾患の検討)の段階を使って、見立てていますか?」という問いに対して、67%の人が日常業務で「見立てている」と回答がありました。「見立てる機会がない」の10名(15%)を除くと約79%の人が「見立てている」と回答しており、日常業務でも見立てを実践している人が大多数であることがわかりました。

2023年度は、これまで座学を主体としてきた認知症に関する教育の課題である、理論的な学びと実践的な学びの溝を埋めるために、これまで見立て塾で培ってきた経験や知識を糧に研究を発展させ、XR技術を活用した新しいケアの学習環境の構築と実践的評価を進めることを予定しています。

2022年度の研究成果は以下のとおりです。

< 国際会議 >

  • Urushibata, F., Ishikawa, S., Ueno, H., Sonoda, K., Murakami, Y., Kiriyama, S.:
    Externalizing Practical Knowledge Through Online Co-creation in Healthcare Education:
    A Methodological Study, HELMeTO2022, pp.10-12, 2022.09.

< 口頭発表 >

  • 楠田(小山田) 理佳,石川 翔吾,上野 秀樹,園田 薫,村上 佑順,桐山 伸也:認知症の医学的原因理解度評価のための介護従事者の学習の分析,研究報告高齢社会デザイン(ASD), 2023-ASD-26(1), (2023.03).

< 学位論文 >

  • 博士論文(9月予定) 楠田(小山田) 理佳:ラーニングアナリティックスによる経験を通して学習した社会人の多様な知識の再構築プロセスの可視化

2021年度

2021年度は、基本コースとアドバンストコースを実施しました。基本コース(9月〜12月、隔週開催の全6回、30名程度の参加者)では、インストラクター育成プログラムの構成(反転学習形式やオンラインケース検討)を新たに採用し、オンラインで学習者がより協調的に学び合えるように拡張しました。この仕組みによって、事前の学習データや教材へのアクセスログ、事前・事後アンケート、見立て塾内のグループワークの対話データや個人検討シートといった幅広い学習活動を網羅的に収集することが可能となり、ラーニングアナリティクスを実践するための基盤が構築されました。

[楠田 22]では、グループ活動の録画データを活用し、Speech to Textで自動的に書き起こしを行った後、「1 人の学習者のまとまった話題」を分析の単位と捉えることにより誤変換を修正することなく談話分析する仕組みを開発しました。分析の結果、学習テーマに関する最低限の知識、およびお互いに関連する経験があることによってはじめて学習につながることが示唆されました。蓄積されたコーパスデータのラベルの種類やラベルの数からペアの関係性が予測できる可能性があることが観測されました。

また、[田中22]では、「見立ての理論に基づく実践場面のシミュレーション」と「過去経験(実践場面)のリフレクションによる理論の確認」という2種類の学習活動を促す仕組みを追加しました。それらの学習活動を捉えるために、見立て塾のキーワード辞書を作成し活動内容を分析したところ、経験に関する記述中に学習会で扱う語句が頻出する学習者の成績が著しく増加していることから、経験の内省の中で学習したキーワードを活用することが学習効果に大きく貢献していることが明らかとなりました。

また、学習の内容を高度化したアドバンストコースでは3回の試行を経て、ケース創作という新たなプログラムを設計し実施しました(11月〜4月、2週間おきに開催の全8回、10名程度の参加者)。本プログラムは、普段の経験と見立て知を結びつけて、与えられたテーマ(例えばせん妄状態等)を見立てることができるようなケース創作活動を中核に設計されました。ケース創作と従来の見立てとを組み合わせることで見立てスキルのさらなる高度化を狙っています。

[漆畑 22]において、グループ活動の対話と事例創作プロセスを表現するために、表出化された情報からキーワードを抽出、医学的、経験的カテゴリに分類し、ナレッジグラフ化することで理解度を可視化する新しいアプローチを試みました。その結果、事例創作オンライン協調学習は参加する学習者の医学的知識と実践的知識の表出化を促すことが明らかになり、それぞれのバランスを比較することで、より個別の学習状況に適した介入につながる可能性があることが示唆されました。本学習活動を積み重ねることによって、将来的には医師への情報提供の質も向上することが期待されます。また、ここで得られたケースによって、プライバシーの課題をクリアして他の学習者が学ぶためのケースとしても活用できる副次的な効果もあります。

2022年度は、ラーニングアナリティクスに基づく見立て塾の改善のPDCAをしっかり回し、学習基盤を整備するとともに見立て塾を継続的に実施し、見立て塾が現場の実践においてどのような効果があるのかをより踏み込んで評価することで成果をまとめていくことを予定しています。2021年度の研究成果は以下のとおりです。

< 原著論文 >

  • 楠田(小山田)理佳、石川翔吾、神谷直輝、小林美亜、上野秀樹、村上佑順、桐山伸也:
    オンラインペアワーク場面を対象とした談話分析に基づく経験の知識獲得に及ぼす影響の評価、情報処理学会論文誌教育とコンピュータ(TCE)、8(2)、pp.12-24 (2022).

< 口頭発表 >

  • 漆畑文哉、石川翔吾、上野秀樹、園田薫、村上佑順、桐山伸也:
    オンライン認知症ケア協調学習における事例創作活動の提案、みんなの認知症情報学会第4回年次大会、(2021.11).
  • 田中遥介、石川翔吾、神谷直輝、上野秀樹、村上佑順、桐山伸也:
    認知症見立て塾における実践的知識レベルに基づいたケース検討の回答分析、みんなの認知症情報学会第4回年次大会、(2021.11).
  • 漆畑文哉、石川翔吾、上野秀樹、園田薫、村上佑順、桐山伸也:
    事例創作オンライン協調学習における認知症見立て知の適用過程の分析、研究報告高齢社会デザイン(ASD)、2022-ASD-22(2)、1-7 (2022.1).
  • 田中遥介、石川翔吾、楠田理佳、漆畑文哉、村上佑順、上野秀樹、桐山伸也:
    認知症見立て学習活動の具体性評価に基づく経験と知識の関係の分析、研究報告高齢社会デザイン(ASD)、2022-ASD-23(4)、 pp.1-5、 (2022.3).

< 学位論文 >

  • 修士論文 田中遥介:
    実践的知識の獲得に向けた認知症見立て知協調学習支援システム

2020年度

2020年度は、学習の内容を高度化した「アドバンスコース」を6月、8月、10月、12月、2月、3月の6回実施し、毎回15人~24人が参加しました。今年度は、参加者が関わった事例を活用した見立て塾の実践や、要因と症状の関係マップを作成しながら、どのような対応方法があるかを考えるシナリオ検討を通して、今までに習得した診療ロジックや知識を実践的に活用するための方法を検討しました。

参加者から事例を集めて検討する方法は、ケースの質が検討に大きく影響するという課題が明らかとなり、ケースを創作するというアイデアにつながりました。一方、シナリオ検討の実践によって、複雑な要因が絡み合った実際的なケースへの対応方法を、参加者がどのように考えたのかを可視化することができ、ケースに対する意味解釈の構造設計が進みました。

また、本プロジェクトに参加する学習者が、自らが講師となるために自施設で講習を受けながら「見立て」の知識を広げていく「講師養成プログラム」を、3月から計8回、遠隔システムにより実施し、毎回16人~24人が参加しました。本プログラムの目的は、発展途上である「見立て知」をさまざまな経験や専門的視点からアップデートさせるためのコミュニティを形成し、「見立て」力を持ったエバンジェリスト(evangelist:啓発を行う人)を広げることにあります。本プログラムにおいて、反転学習(事前に動画等予習をし、授業では演習や確認テストなどを通して理解を深める学習方法)、および自動採点機能による自己学習支援の仕組みを導入し、自己学習、協調学習を組み合わせたハイブリッド型のe-learningシステムを開発しました。

2018年度~2019年度の研究実績等を報告書としてまとめ、2021年4月に弊財団ホームページに掲載しました。

2019年度

2019年度は、2018年度の「認知症見立て塾」を終了した方々を対象として、学習の内容を高度化した「アドバンスコース」を5月、7月、11月、1月の4回実施(6回実施予定でしたが、災害による停電、新型コロナウイルスの感染防止のために2回中止)し、毎回12人~16人が参加しました。

「アドバンスコース」により精神科医の診療ロジックを理解しつつ、医師が必要としている情報を収集するために必要なある程度の専門的な知識を習得することを試行しました。遠隔からも学習者が参画できるようにシステムを拡張し、学習者の環境を考慮しながら遠隔でのグループワークも試行しました。また、適切な運営方法や効果的な学習のフィードバックについても研究しました。

2019年度の研究を通じて、アドバンスコースにおける活動のデータ化や見立て知の蓄積をするとともに、AIによる学習プロセスの評価を実施しました。遠隔学習者の利便性向上に努め、オンライン上のグループワーク等による協調学習環境の研究を進めました。現在継続して、本人のクリエイティブな気づきを尊重した振り返りの仕組みや学びを促進させる方法を検討しています。その一環として、フィードバック(医療的視点における学習ポイント)のモデル化も進めています。

2019年度は今までの成果を以下のとおり論文や研究発表として公開しました。

2018年度

2018年度は,ケア従事者の見立て能力育成に重点を置き,ICT技術を活用した遠隔講義システムを開発しました。具体的には、①認知症見立て塾のプログラム開発、②遠隔講義システムの開発(本システムの機能は,1)講師側・学習者側の音声・映像データ通信,2)スレート端末による見立て情報入力,3)学習者の見立て入力情報の講師へのリアルタイムフィードバックの3点です)、③学習者への学習評価のフィードバック(学習者が入力した見立て情報を人工知能学的に解析し,どのような知識が獲得できたのかを可視化する機能も開発)を行いました。この結果、認知症見立ての基本プログラムを提供し,遠隔学習システムの開発や人工知能学による学びの評価の仕組みを開発し,開発したシステムが見立て能力向上に寄与することが示されました。