大賞
第1回 看護・介護エピソードコンテスト『幸せな時間』 岡澤 ひとみさん

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時が止まる瞬間、病を忘れて幸せに満ちた時間を過ごす。願いは叶った。

夕方に往診に廻ると、待ちわびていたように幸せな時間の出来事を話してくれた。微笑ましい家族が「死」を意識せず「今を生きる」事の重要性を学んだ瞬間であった。
その日から、彼女は何かをふっ切ったように毎日「今」を楽しんで生きた。毎日がイベント、時を刻むように幸せの思い出が増えていった。
「辛くても思い出の一部だよね」彼女の言葉がよみがえる。トイレで転んで動けなく辛い時間を過ごしても、楽しみに変えていた。

彼女が自宅で過ごした最後の日は、痛みが治まらず泣き叫ぶ姿であった。緊急コールで駆けつける。子ども達も夫もうろたえていたが、彼女のそばを離れなかった。
痛み苦しみながらも、子ども達の様子が気がかりでならない。彼女の思いを感じ、その晩は彼女のベッドの周りに子ども達の布団を敷き、夫もそばで見守れるように工夫をして、私は疼痛コントロールをしながら痛むお腹をさすり朝が来るのを待った。緊急入院は、できるだけしたくない。彼女の意向は最後の晩は家族とともに一緒に寝たいと願いを聞いていたから。
朝が待ち遠しい早急に入院させたいという気持ちと、このまま家で最後まで過ごさせてあげたいという気持ちの間で判断に揺れ動く自分がいた。
朝になると彼女は入院を選択した。迷いはなく十分に満足したような彼女の姿が記憶に残る。

入院してから、一時ではあったが病状が落ち着き家族と共に暮らしの延長のまま入院生活を生活の場に変えて楽しむ事ができた。私は、家族の一員として共に成長し、「今を生きる」事の重要性を教えてくれた彼女と家族に最後のギフトを差し上げた。
院内のクリスマス会のサプライズで彼女の大好きな曲である「イマジン」をスタッフと共に歌った。
急なサプライズに涙で顔をくしゃくしゃにした彼女の笑顔が蘇る「ありがとう」の言葉と共に。年を越すことは叶わず間もなく彼女は、自己意思決定したように病院で家族に見守られながら旅立ちをむかえた。母親として、妻として楽しむ事を忘れず病を受け入れ最後まで役割を遂行した一人の女性との出会いは、多くの学びをくれ幸せを分けてくれた。

私に課せられている役割は、後悔なく「今を生きる」を支える事にあるのだろうと感じる。
緩和医療は、交互の成長のもとに成り立つと感じた瞬間であった。
大きな意味で緩和は、その方の役割をみつけ、幸せな時間を共有することにあるのかもしれない。だから「今を生きる」。故人が皆様の記憶に残り幸せな時間であったと感じて頂けるように共に歩むことこそ自分の今の役割であると感じる。

患者さんが私を育ててくれる。
彼女が旅立った季節がやってきた。幸せな時間を毎日作れるように努力しよう。
彼女の生きざまのように。

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