第11回 看護・介護エピソードコンテスト『介護におけるリーダーの素質とは』
岩科 まみ子さん
岩科 まみ子さん
「リーダーの素質とは。」
本屋でこういった類のタイトルの本を見るたび、私は自分の会社のリーダー達を思い出す。
私は訪問入浴という3人1組で利用者様のお宅に浴槽を持って行き、入浴介助するヘルパーをしている。
訪問入浴の部署には責任者という名のリーダーがチームをまとめてくれており、そのリーダーは私が働いた期間の中で2人がそれぞれ栄転し、今は3人目のリーダーが活躍している。
1人目のリーダーは話題の幅が広くどんな利用者さんともいろんな話しができるベテランだった。
ある雪が降った日、利用者さんがお風呂に入っている時に少し外に出たリーダーが戻ってくると、両手いっぱいにふわふわの白い雪を抱えてきた。
「見て!Mさん!」
リーダーは寒くて鼻を真っ赤にしながらも、素手に抱えた雪を、そっと利用者のMさんに渡した。するとMさんは
「わぁ、懐かしい。私雪国出身なの。」
そう言ってうれしそうに少しづつ雪を握ってはゆっくりとお湯に浮かべた。
「雪見風呂ですね。」
スタッフもその雪を楽しみながらお体を洗っていると、
「雪国って聞こえはいいけど、積もって大変でね。私の父がいつも子供のために雪かきをして道を作ってくれてたの。」
いつもは少し鬱気味で生きていても仕方がない、と繰り返すことが多かったMさんが、この日は嬉しそうにたくさんお話をしてくださった。
その帰り道、リーダーに、「Mさんが雪国出身って知ってたんですね。」そう聞くと、
「ずっと前にね、雪虫っていう、雪が降る前に出てくる虫の話をしてたから。」
と、返事があった。そうか、それを覚えていたのか。私たちが参考にする利用者のカルテには現住所はあっても、昔住んでいたところの情報はない。特に女性は結婚する前と住むところが変わっていることが多いものだ。こうやって少しの会話を覚えていって、パッチワークのようにつないで会話を繋ぐ。これがベテランなんだなぁと、会社に入りたてだった私は感心したものだった。
2人目のリーダーは、てきぱきとなんでもこなす、仕事の速い人だった。
ある春の日、桜のトンネルを抜けてTさんのお宅に着くと、車にはたくさんの花びらが積もっていた。
「綺麗だね。」
そう言いながらTさんの入浴の準備をしていると、いつもは仕事の早いリーダーの姿が見えない。どうしたんだろう、と思っていると、しばらくして息を切らして戻って来た。
「Tさん、プレゼント!」
手には桜の枝。細かい枝についていたきれいめな桜を集めて来たのだろう、花の形に花びらがついたままの枝を何本か手に持っていた。
「枝は折れないからさ、落ちてるやつでキレイなのを集めて来ました。」
聞けば桜のトンネルまでひとっ走りして戻って、持って来たらしい。
「わぁ、きれい……。」
Tさんはその枝を手に持つとゆっくり眺めて嬉しそうに目を細めた。
「鳥が枝を啄むと、こうやって花の形のまま落ちるのよね。」
薄いピンクの桜。
「じゃ、鳥さんからのプレゼントですね。」
そういうと、
「みんなからのプレゼントだわ。」
そう言って花のような笑顔をされた。
訪問入浴の利用者は基本自分で外に出ることができない方であり、中にはここ何年も外へ出たこともない方もいらっしゃる。私たちのような出入りの介護職の者が家族以外の唯一の接触する人であることも珍しくない。保清のために安全に入浴をすることが目的ではあるが、このような笑顔を引き出すことが出来るのは、唯一私達なのではないか。外と閉ざされていることが多い彼らに、私達の役割として責任として、ベッドを唯一離れるこの時間、天井以外を見るこの時間、自分が外と繋がっていると、少しでも思ってもらえることができたなら、こんなに嬉しいことはないのだな。私はリーダーの肩についた桜の花びらが、はらりと落ちて湯の中に浮かんでいるのを見て、改めて自分の仕事の素晴らしさを、そのように実感した。
3人目のリーダーは24歳で責任者として抜擢され、本社からやってきた若者だった。彼の仕事のこなし方と明るい人柄ですぐに皆の信頼を得た1年めの冬、また雪が積もった。
マンションの8階のIさん宅には、エレベーターに浴槽を積み込んで運ぶ。リーダー以外は乗り込んで、彼を待っていると雪が舞い込んだ。そう言えば、前の2人のリーダーはお互いに一緒に仕事をしたことがないのに、似たようなことをしていたなぁ、と、懐かしんでいたとき、
「ひゃっ!」
首元に冷たさを感じた。驚いて振り向くと
「うふふふふ。」
そこにはいたずらっ子の顔をして乗り込んできたリーダー。
手には小さな雪だるま。
素手で作って来たのだろう、彼の手は真っ赤になっている。
「何するんですか!」
首筋を押えながら怒ったふりをすると、
「Iさんどんな顔するかなぁ。」
手の中の雪だるまに願いを込めてにこやかに笑う。
私はその顔をみて、前任の2人のリーダーを思い出した。
リーダーの素質とは。
それは仕事の効率やスタッフの指導など、挙げればキリがないけれど、私の知っている3人のリーダーに関して言えば、
「…………こういうとこですね。」
思わず口にでた言葉。
「はい?なんか言いました?」
何も知らないリーダーは、冷たい雪だるまを大事に抱えて、Iさんのお宅のドアを開けた。




