第11回 看護・介護エピソードコンテスト『消えない笑顔』
根岸 加余子さん
根岸 加余子さん
目覚めたら体が動かない、歩けない、自発呼吸ができない、話せない、食べられない…息子はそんな現実をどう受け止めていけるのだろうと考えながら、私は祈るような気持ちで長い手術が終わるのを待っていた。
手術が終わると、息子の生活は一変した。障がいと向き合いながら、がん治療の試練に耐えなくてはならない。私は介護者として息子に伴走していくことを決めた。
医療チームの専門家たちはそれぞれが精一杯、息子の可能性を信じて治療やリハビリにあたってくれた。病院では毎日、芸能人並みのハードなスケジュールが組まれていく。ミッションの抗がん剤治療は計14回、放射線治療も加わり、長くつらい旅が始まった。抗がん剤のクールの合間、体調が落ち着くひとときがある。すると息子はこう呟いて涙を流した。
「体調が悪いときのほうがまだいい。意識がはっきりする方がつらい…」
ある日、看護師さんが息子の動かない身体をボンボン動かして着替えさせてくれていたのを目にして、私は慌てて代わってもらう。もちろん、息子のココロは傷ついていた。
「ぼくは、人形じゃないよ」
やっと吐き出した心の声を聞いた看護師さんはこんな言葉を返してくれた。「ごめんなさい。看護の初心を忘れていました」。傷ついたココロの綻びが繕い始めていく。
14歳で発病した息子は思春期真っ只中。彼の主なコミュニケーションツールはiPadのアプリだった。利き手ではない左手の少し動きの良い人差し指を使って文字入力すれば、事務的なやり取りは事足りたが、こころの内を他人に明かすことはそうそうない。「大丈夫?」と聞かれれば「大丈夫」と応えるし、「何でも言ってね」と言われても、命に関わること以外は飲み込んで言わない。「暑いからコーラが飲みたい」のようなたわいもない会話を彼は諦めていった。そこで、別のコミュニケーションツールを身につけてみることにした。指文字である。指文字は私と息子2人だけの会話世界を作ってくれた。
ある日のこと。担当医が来て息子の人工呼吸器を外すことは難しいという話があり、ちょっと重苦しい雰囲気になった。私は息子と目が合ったタイミングですかさず指文字を送った。
「ヤキニク タベタイ ネ」
息子の顔がほころんでニヤリ、私も嬉しくてニッコリ。すると担当医はびっくり。わけを話したら一緒に笑ってくれた。でも、現実はもちろん変わらない。息子の笑みは一瞬の花火のように瞬く間に消えてしまう。それでも指文字を使うことで、息子の暗い心に少しの陽が差し込むことがあった。
お新香が食べたいね、と送ったら、
「オシ(ッ)コ タベタイ」と読んでクスクス。
美味しいもの食べたいね、と送ったときは、
「オシリイモ タベタイ」と読んでクスクス。
大好きなイクラやオムレツなどをもう一度食べられるようになりたい!という気持ちを励みにリハビリしていたが、ある日、耳鼻科の先生の往診で嚥下機能の回復は難しいと言われた。「ポケカ カッテキタヨ」の指文字を送っても、彼の窮地は救われない。それでも一瞬ニヤリと笑った彼は、その後も諦めることなくリハビリを続けた。
この指文字は院内学級の数学でも大活躍。Xの指文字は「え」、Yは「わ」、=、二乗、√など、次々と指文字ルールを作り、先生との会話世界が新たに作られていった。すると時折り笑みがこぼれていった。
発病して1年半が過ぎるころ、がんの標準治療という長い旅を終えて、今度は在宅医療という新しい生活に向けて準備が始まった。息子が帰宅したことを想定した各シミユレーションを繰り返しながら、私は様々な医療的ケアのスキルを磨き、在宅ケアに移行することへの不安を消し去っていった。あとは退院日を待つのみ。でもふと気づくと、息子の表情が冴えない。彼はこう呟いた。
「みんなから退院おめでとう、って言われるのがつらい…」
うん、そうだね。病気を治して帰るのとは違うから。元の自分に戻れないとき、どんな「回復」を目指せばよいのか、その答えはなかなか見つからなかった。
息子はいろいろな思いを胸に抱いていたが、それでも帰宅できたことは大きな一歩だった。帰宅後、私は何より息子の学びたいという思いを叶えるために奔走した。学校は社会とつながる近道だと信じて。医療的ケア児が乗り越えなくてはならない壁はまだ高いけれど、少しずつ特別支援学校へ通い始めるようになると、息子の表情に変化が起きていた。友だちと励まし合い、仲間と勉強できることの喜びが自然と表情に現れていったのだ。その笑顔は「ヤキニク」や「ポケカ」から生まれたものとは違って、すぐに消えることはなかった。受験勉強して高等部にも合格。高校生活を通じて今度は自立の道を探していこうねと話していた矢先、がんが再発した。笑顔が次第に失われていくように、息子はゆっくりと静かに逝ってしまった。15歳と7ヶ月だった。
家で過ごした半年の間に撮った息子の写真は、ニヤリ、クスクス、それからパッと明るい笑顔ばかり。それぞれの笑顔にまつわるエピソードが思い起こされると、こちらも笑みがこぼれ、見る者の心にポッと温かな光を灯してくれる。息子の優しさに触れながら私はいつも願っている。向こうでも笑っているといいな、と。




