大賞
第12回 看護・介護エピソードコンテスト『透明な勲章』
森元 仁隆さん

私が小学生の時、同居していた祖父が体調を崩した。昨日までテレビの前でお茶を啜っていた人間が、ある日突然、無数の透明なチューブに繋がれ、死の淵を彷徨う物体へと変わり果てる。家族の誰もが「このまま死んでしまうのではないか」と覚悟を決めるほどの有様で、当然のように、我が家には介護という重く、出口の見えない現実がのしかかってきた。

私には姉が二人、そして両親がいた。本来であれば、大人、百歩譲って年長者が担うべき責任だったはずだ。しかし、姉たちは部活やアルバイトに明け暮れ、父と母は仕事に忙殺されていた。誰も悪気があって祖父を放置しようとしたわけではない。ただ、全員がそれぞれの日常を守ることに必死だったのだ。

その結果、家族という組織の中で「もっとも暇である」とみなされた私が、都合よく使える労働力として選ばれた。

私が祖父に施したのは、小学生が担うにはあまりに過酷で、責任の重すぎる医療的ケアだった。点滴バッグの交換、ストーマのパウチ交換。便の強烈な酸臭と、ただれた皮膚の赤黒さ。そして、生々しい老人の肉体の感触。手袋越しに伝わるその生温かい感触は、生理的な嫌悪感を伴う作業であり、精神的にも未熟な私にとっては、終わりのない拷問にも等しい時間だった。
「なんで俺がこんなこと」
汚れたパウチをビニール袋に密閉しながら、私は何度も心の中で毒づいた。

そんな生活の中で、もっとも私の心を深く抉ったのが、定期的に訪れる訪問看護師たちの存在だった。彼女たちが来る日、母は仕事の合間を縫って立ち会った。
「一番面倒見るのアンタなんだから、ちゃんと話聞いといてね」
母はそう言い放ち、私をベッドの脇に立たせた。

やってきた医師や看護師たちは、決して私のほうを見ようとはしなかった。彼らの視線は常に母だけに注がれ、会話は大人の間だけで完結していく。仕方ないことだ。まさか小学生の子どもが、点滴の管理やストーマのケアを日常的に行っているなど、思うはずもない。彼らの目には、私はただそこに突っ立っているだけの、無邪気な子どもとして映っていたに違いない。けれど、実際に夜中に起きて点滴のアラームを止めるのは私だ。皮膚がかぶれないように、震える手でシワにならないよう丁寧にパウチを貼るのは私だ。

母は先生の話に「はい、はい」と頷いているだけで、実際にその手が汚れることはない。
「やっているのは、俺なのに」
誰にも認識されず、誰にも感謝されず、さもそれが当然であるかのように流れていく日々。自分が透明人間になったような心細さと、どれだけ頑張っても誰の記憶にも残らないという徒労感。「ありがとう」の一言さえあれば、救われたかもしれない。しかし、現実は無機質で、私の献身は誰の心にも留まることなく、当たり前の日常として消費されていった。

あれから長い時が経ち、大人になった私は今、月に三回ほど子ども食堂で勉強を教えている。そこには本当に色々な子どもがやってくる。片親で、親の帰りを夜遅くまで待っている子。兄弟がたくさんいて、家の中が常に戦場のような子。両親が家に不在で、冷たいコンビニの弁当ばかり食べている子。そして、その中には、かつての私と同じように、祖父や祖母の面倒を見ている子もいる。

残念ながら、私は彼らの家庭環境を変えてあげることも、経済的支援をすることも出来ない。だからこそ、私は決めたのだ。私にできる、たった一つのことをやり続けようと。
「偉いね」
「凄いね」
「頑張ってるね」
「ありがとう」
難しい問題を解けた時だけではない。配膳や洗い物を手伝ってくれたこと。彼らが重いランドセルを背負ってここに来たこと。弟や妹の手を引いていること。そして、誰にも言えない事情を抱えながら、今日という一日を生き抜いていること。そのすべてに対して、私は言葉を惜しまない。

ただ褒めるだけ。もしかしたら、そんな言葉には何の意味もないのかもしれない。言葉で腹は膨れないし、介護の負担が減るわけでもない。それでも私は、彼らを褒めることを止めない。なぜなら、それこそが、かつての私が喉から手が出るほど欲しかったものだからだ。

あの冷たい部屋で、一人きりの私が、一番求めていたもの。誰にも見てもらえなかった頑張りを、誰かに認めてほしかった。自分が透明ではないと、誰かに証明してほしかった。

だから私は、あの日の自分を救うつもりで、目の前の子どもたちに伝え続ける。「あなたは頑張っている。誰かが見ていなくても、私はあなたが頑張っていることを知っている」と。

目を凝らせば、世の中はそんな透明な頑張りであふれている。今この瞬間も、どこかの家で、誰かが誰かのために身を削っている。仕事と介護の両立に悲鳴を上げながら、それでも笑顔を作って出社する人。親の介護のために、夢だった仕事を辞めざるを得なかった人。自分の食事や生活を極限まで切り詰め、介護費用を捻出している人。

彼らはニュースになることもなければ、誰かから表彰されることもない。社会という巨大なシステムの陰に埋もれ、誰にも救ってもらえず、誰にも称賛されず、それでも歯を食いしばって今日を生きている。

彼らの苦しみを、私が直接取り除くことはできない。私の手はあまりに小さく、世界はあまりに広い。けれど、だからこそ、私は声を大にして言いたい。この場を借りて、届くかどうかも分からないエールを送りたい。

あなたは、頑張っている。誰がなんと言おうと、あなたは、本当に、凄まじいほどに頑張っている。その流した汗も、隠れて流した涙も、誰にも言えずに飲み込んだ言葉も、決して無駄なんかじゃない。あなたのその献身が、誰かの命を繋ぎ、誰かの尊厳を守っている。社会があなたに気付かないのなら、世界があなたを無視するのなら、代わりに私が言おう。
「いつも頑張ってくれて、ありがとう」