選考委員特別賞
第12回 看護・介護エピソードコンテスト『ケヤキの窓と、ふたつの国の記憶』
劉 偉婷さん

仙台の春風は、故郷の潮風とはまるで違った。三月を迎えてなお冷たく、頬を刺すようなその感触に、私ははっきりと異国に来たのだと実感した。ひんやりとした空気は、私の心に染み込み、異なる生活の始まりを告げているかのようだった。

中国を離れ、日本に留学して間もない私、大学のキャンパスにはケヤキの若葉が揺れていた。淡い緑が春の光を受けてきらめくその光景を見つめながら、私は文学よりも介護を学びたいという思いを次第に強くしていた。祖母の世話をしていた経験から、高齢者に寄り添うことの大切さを感じた私は、日本の制度化された専門的な介護を自分の目で確かめたいと考え、研究の合間に介護実習へと参加する決意を固めたのである。

しかし、受け入れ先の反応は、私の予想とは異なっていた。
「何かあったら、すぐやめていいからね」
優しさにも聞こえる言葉の裏に、私はふと、目に見えない重みを感じた。
受付スタッフの声色は、外国人と聞いて戸惑いを隠せていない。どこからか「難しいかもしれないけど…」という、冷たい前置きが潜んでいた。
そして拭いきれない“不安”を抱えたまま、運命の日がついにやって来たのだ。

グループホームの扉を開けると、消毒薬の匂いと日常生活の気配が混じり合う空間が広がっていた。廊下の奥からはテレビの音が聞こえ、時折、咳払いや椅子の軋む音が響く。その静かな環境には、「老い」と「暮らし」が自然に溶け合った独特の時間が流れていた。

そのとき、一人の小柄なおばあちゃんが私に声をかけてきた。

「りゅうちゃん?」
彼女は車椅子に座り、穏やかな笑みを浮かべていた。東北訛りの柔らかな話し方は、不思議と私の緊張を和らげてくれる。私はたどたどしい日本語で挨拶を返し、差し出された手をそっと握った。その手のぬくもりは、言葉以上に深く私の心に届き、不安を少しずつ解きほぐしていった。

実習の日々は平坦ではない。言葉の壁は想像以上に厚く、特に方言や高齢者特有の言い回しに戸惑うことが多かった。敬語と親しみのある言葉遣いの間で揺れ動き、時に適切な表現が見つからず、もどかしい思いを何度も味わう。そして小さな失敗を重ねるたびに、自分の未熟さを痛感した。

ある日、食事の介助中に、おばあちゃんが味噌汁を残していることに気がついた。「味が薄い」とぽつりと漏らしたその言葉を聞き、私は何とかして喜んでもらいたいと強く思った。そこで、味噌汁の作り方を一から学び直すことにした。出汁の重要性を知り、昆布とかつお節を使って丁寧に出汁をとる方法を繰り返し練習した。

そして次の調理当番の日が訪れた。さっそく私は早朝から厨房に入り、水に昆布を浸してじっくり温め始めた。火を止めて、かつお節を加えて静かに待つと、澄んだ黄金色の出汁がとれる。そこでなめこと豆腐を加え、仕上げに柚子の皮と七味で香りを整えてから、湯気の立つ椀をおばあちゃんの前に差し出し、静かにその反応を待った。

一口すすると、彼女の表情がふっと緩み、「うんめぇねぇ」と笑った。それは、言葉で十分に伝えられなかった思いが、料理という形を通して確かに届いた瞬間であった。

それ以来、私たちの距離は目に見えて近づいていった。夕暮れ時、ケヤキ並木が橙色に染まる中で、彼女は静かに過去を語り始めた。

「昔から中国が好きだったんだよ」
彼女の夫はかつて上海で学び、戦争の中で通訳として動員されたという。終戦後も日本に戻ることはなく、中国で日本語教師として生き続けた。長い年月を経て再会したとき、夫は中国での人生を誇りに思い、満ち足りた表情をしていたという。

「それを見てね、あたし、もうそれぞれの人生を生きようと思ったんだ」
その語りには、時代に翻弄されながらも相手を尊重し続けた深い愛情がにじんでいた。そして彼女は、私を見つめながら続けた。

「りゅうちゃんって名前を聞いたとき、夫を思い出したんだよ」
何気ない呼び名の中に、幾十年もの想いが宿っていた。そのことに気づいたとき、私は言葉を失った。胸の奥から込み上げるものを抑えきれず、視界がにじんでくる。

「日本と中国、もっと仲良くなれます。私、そのために頑張ります」
私の涙声を聞いて、彼女はゆっくりと頷き、穏やかな笑みを浮かべた。

介護の現場で私が学んだのは、技術だけではない。そこに生きる人々の歴史や感情、そして言葉の奥に潜む思いであった。私は、介護という仕事を通して、日本のお年寄りの価値観や感情を少しずつ理解し始めている。それは、教科書で学ぶ日本語とは違う、生きた言葉、生きた感情だった。

異なる国に生まれても、人は心を通わせることができる。その確信を、私はこの場所で得ることができた。

まだ迷いや不安もある。けれど、誰かの隣で寄り添える強さを、この場所で育てていきたい。いつか、私自身が誰かの心を温められる存在になれるように。

日本と中国の間にも、温かな湯気の立つ一杯の味噌汁のような、やさしい関係が築かれますように。こう願いながら、私は今日も介護に励んでいる。