優秀賞
第9回 看護・介護エピソードコンテスト『虹のほほえみ』
吉沢 慎一さん

さっき食べたのに、食べてないという。

自分の誕生日会はもう済んだのに、ほかの入所者のために開いた誕生日会を、自分のための誕生会だと思っている。

「キヨコさんのお誕生日は、先月したでしょ」

何度も説明するが、わかってもらえない。自分が中心にならないと、キヨコさんは怒りをむきだしにする。そのうち、ひどい言葉でののしられる。

それでも僕は繰り返し、丁寧に、やさしく言う。

「オセロをしよう」と僕が言うと、キヨコさんは急に笑顔になる。

高齢者の認知症施設で働いている。もう、ずっと、コロナ禍で、施設の入居者は長い間、家族に会えない。面会できない。家に帰ることができない。夕方になれば、淋しくなる。

「帰りたい」

「家に帰りたい」

「家族に会いたい」

と、涙をこぼす。

コロナになってから、僕の生活も一変した。この3年、4年間、僕は誰とも口をきいていない。誰とも会っていない。一日中、ひとり家にいる。出かけることもない。コロナにかかってはいけないからだ。

入居者は、感染予防のため、家族と面会することも、一時帰宅することもできない。それなのに、職員がコロナにかかって、入居者にうつしてしまっては、申し訳ないでは済まないからだ。

しかし、職員が感染してしまった。それも一度や二度ではない。何度も感染者を出した。スタッフの数が足りなくなり、補充することもできない。食事やトイレ、お風呂の介助で追われる。ひとり一人の心に寄り添える時間が、ほとんどない。

電話が鳴り、慌てて出る。家族さんからのお𠮟りの連絡だ。

「家族は感染してはいけないので、会社も辞めてコロナにかからないようにしている。それなのに、職員が感染してどうするのだ! コロナになって外出も面会もできないが、健康面も精神面も極度に悪くなっている。散歩に連れて行って欲しいと言っても、スタッフが足りないと言われる。こちらは、日々、母が悪くなるのを、遠くから黙って見ることしかできない。好物のみかんひとつもあげることができない」

キヨコさんは、みかんが欲しいと泣いている。しかし、みかんを差し入れてもらっても、キヨコさんは「食べたらなくなる」と言って、いつまでもみかんを食べない。みかんは腐ってしまう。だが、棄てると、キヨコさんは激しく怒る。家族と一緒でなければ、キヨコさんはみかんを食べることができない。

キヨコさんの病気は、前頭側頭型認知症。自分の気持ちを、言葉に出して言うことができない。治す薬も治療方法もない。

何でも一律に制限するのではなく、入居者や家族の個別の事情に応じた、対症療法が必要だ。だが、僕は言える立場にない。

ある日、キヨコさんが窓辺で泣いていた。

「家に帰りたい」と、幼い少女のように泣いていた。僕は、思いきってキヨコさんを抱っこしてあげた。僕には彼女がいない。女の子を抱いたことはない。それでも僕は、抱っこしてあげた。キヨコさんは、僕の胸のなかで泣いていた。白髪頭の、もう毛が薄くなった頭を、僕は撫でてあげた。誰からも抱っこしてもらえなくなった、キヨコさんの身体は、みかんのようにぶよぶよしていて、僕は悲しくなった。言葉で言えない、悲しみや淋しさが、キヨコさんの体温から伝わってきた。その日からだ。キヨコさんは、僕のことを、「お兄ちゃん」と呼ぶようになったのは。

キヨコさんには、お兄さんがいる。幼いころ、病気で亡くなったらしい。キヨコさんは昔の話をしてくれる。「兄ちゃん、トンボ、取りに行った」

お兄ちゃんに野山に連れられて、トンボを網で取りに行った、ということなのだろう。

「トンボ、トンボ、お兄ちゃん」と、キヨコさんは笑顔で、澄んだ目で言う。その時のキヨコさんの顔は本当に可愛い。

キヨコさんのお母さんは戦後、女手一つでキヨコさんを育てた。洋裁の仕事をしていた。当時、進駐軍と呼ばれるアメリカ兵に身を売る日本人女性のために、服を作っていたという。お兄ちゃんに連れられて行った、トンボ取りだけが、キヨコさんの喜びなのだろう。トンボを話す時のキヨコさんの目は、明るく澄んでいる。

雨あがりの朝。雨に濡れた桜が光っていた。キヨコさんは、ほかの施設に移ることになった。これが最後の別れになることを、キヨコさんは知らない。コロナで面会が制限されている。家族の人に代わって、僕たちがお見送りする。たぶん、これが最後になるだろう。キヨコさんは、車の窓から顔を出している。僕はキヨコさんに近づき、笑顔で言う。

「キヨコさん、夏になったら、トンボを取りに行こう」

うつろな目をしていたキヨコさんの顔が、ぱっと輝き出す。青い空を映したように、目が明るく澄んでいる。

「トンボ、トンボ、お兄ちゃん」とキヨコさんは、小さな女の子のように微笑む。クルマは、そのまま走り去った。さようなら、と言うことなく、キヨコさんとは別れた。

キヨコさんを乗せたクルマが角を曲がり、満開の桜の向こうに消えた時、空に虹がかかっていることに気づいた。雨でぼんやり黒く煙る山を背景に、淡く、それでいて、くっきりと色鮮やかな虹がかかっていた。空気中に漂う水の粒に、太陽の光があたって屈折し、反射することで、虹が生れる。太陽の光を見つめても、虹は見えない。

太陽を背にして、雨や霧がかかっている暗い部分に、きれいな虹が見える。

キヨコさんが去る時、僕の顔を見て、微笑んでくれた。それは、雨あがりの虹のように、ほんの一瞬だけのことだけれど、僕にはきれいな虹のように見えた。

雨の一つ、ひとつは、傷ついた患者さんや家族の悲しみ、そして涙だ。そこに、光をあてて、患者さんや家族の方が少しでも笑顔になれるように、お手伝いをすること。それが、看護であり、介護だ。

暗い雨は、降り続く。

だが、患者さんや家族が笑顔になれるよう、きれいな虹を、ひとつでも多くかけなければならない。

生きていてよかった。

楽しかった。

あなたに出会えて、よかった。

そう思えるように。

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