優秀賞
第3回 看護・介護エピソードコンテスト『心の耳・・・心のリズム』 新美 寿栄さん

ある日突然ドラマのような現実が起った…
私が介護の仕事をさせて頂いて5年目の春の出来事。

3つのユニットからなるデイサービスで、私が担当させて頂くユニットは身体的に重度の方、ターミナルの方を対象とするユニットです。

脳梗塞後遺症による右半身麻痺、失語症のあるMさんと5年前に出会った。そして担当スタッフとなり10ヶ月目の出来事。
いつもニコニコし誰からも好れるMさん。癒しキャラで常に周りの雰囲気を明るくしてくれている。
ただ、言葉を聞いた記憶が無かった。
言葉にならない発声は時々聞かれる。失語症だけど、伝えたい事があるんじゃないか?と日々関わっていくうちに、感じ始めた。
笑い声も出る、言葉の意味も理解出来ている、時折ゼスチャーもする。
Mさんが何か言っていると聞き流すのは止めよう。
心の声として聞いてみようと考え担当スタッフとして他のスタッフに具体的に「声を発する」を意識してもらう事を提案した。
「レッツトライ&ゴー」やってみないと分からない。
Mさんから聞き取れた言葉を集約してみたところ、リズムを付けると何となく口を開き声を出す事がわかった。
至近距離でMさんに接し、口元を注意してもらい単語での発語を何度も、根気よく一緒に言う日々が続いた。そんなある日、Mさん自身がなんと!言葉として発語したのです。
スタッフは全員耳を疑いました!
「今何て?私の名前呼んだ?!」
驚きました!「に・い・み」確かリズムに合わせて「に・い・み」と言ってくれたのです。
リズムと心の声が繋がった瞬間でした。
私は思わず涙が溢れだした。今でもその時・その瞬間を鮮明に思い出します。
その後はMさんの好きな曲をスタッフが歌い出すことで、最初は「う ~」と一緒にハミングのように、そして簡単な歌詞をリズムに合わせて自然に歌い出すようになった。
Mさんにとって言葉はリズムと一緒になる事が大切なんだ。
自然なリズムが心の発語なんだと気付けた。
もっともっと心の声を共有したいと私の心も騒ぎ出す。やってみないと分からないと始め事だたけれど、「こんな言葉が聞けたよ」「こんな曲でリズムがとれるよ」と色々なスタッフにも届き始めたころ…
いつものように、昼食前の食前体操、メニューの中に発語体操も含まれている。
普段とは変わらずスタッフの号令で
パンダのパ・パ・パ・パ・パ・パ
カエルのカ・カ・カ・カ・カ・カ…と体操をしている中、「カのつく言葉で他に何がある?」と尋ねると「カレー」
と返答するMさん!
今日は絶好調だね! いい反応だ!表情も最高!
誰もがそんな風に感じた…その時までは…

食事が始まり2口食べた後にMさんは突然顔が青ざめ意識が消失した。
スタッフの声がけで一時的に意識が戻り、張りつめた空気が緩んだ次の瞬間2回目の意識消失が起きた。
事態は最悪…先輩スタッフ、看護師は緊急処置を私の目の前で行う。
先輩は涙をこらえMさんの為に処置をしているのに、私はただウロウロし泣くばかり。
私には何も出来ないのは分かっているが心配で仕方ない。そんな私は先輩に、「部屋から出て行きなさい。持ち場を守りなさい」と何度も言われた。
仲間からは「大丈夫だから」「他の利用者様の食事介助をこんな時こそやらなくちゃ」「冷静になって」と声をかけられた。
気づく救急車とドクターカーが到着。運ばれるMさんに「頑張ってMさん」と声をかけた。

先輩スタッフが病院から帰ってき私に「Mさんは頑張ったよ。でもダメだった。Mさんは担当スタッフが新美さんで良かったと思うよ。ありがとう。泣くのは家で泣きなさい、今は他の利用者様がいるでしょ。」と言ってくれた。
そして次の日に先輩が「この写真をMさんの自宅に届けてくれる?」と声をかけてくれました。それはMさんがデイサービスで過ごした日々の笑顔の写真がA3用紙にびっしり貼られているものでした。
「これを届けてMさんの心の声を心の耳にし、きちんとお別れしておいで」と…

介護職5年目、この仕事をしていて、現実はそんなにあまいものではなく、時に流される事もある。
だけど私には支えてくれる仲間がいる。周りの力を借りながら少しずつ前へ…
「優しく、強くある介護職になりたい」と強く心に決めた瞬間でした。

Mさんのお母様から電話が入り「明日出棺です。Mはデイサービスが大好きだったからデイサービス経由で送ってやりたい」と…

翌日、馴染みの利用者様とスタッフでMさんをお見送りさせて頂きました。
桜が散るには早いけど、残った木や枝は大きくなる。桜の記憶がまた一つ増えた出来事となりました。
あの日、あの時間、このデイサービスで、旅立たれたM様、ありがとうございました。