優秀賞
第7回 看護・介護エピソードコンテスト『この道はいつか来た道』 土岐 ことはさん

「おばあちゃんは、いつも歌をほめられていたの」。私の目の前で微笑む祖母。3年前、祖母はアルツハイマー型認知症の診断を受けた。祖父の3周忌の数ヶ月後だった。私は、祖母が習い事の予定を頻繁に忘れるようになったことを知っていた。家族の名前を間違えるようになり心配もしていた。私は祖母の家に向かった。玄関のドアを開けて、いつものように「おばあちゃん」と呼びかけた。祖母は奥からゆっくり出てきた。そして、私のことを見て、「あなたは誰?」と一言。キョトンとした表情の祖母を私は見つめるしかなかった。あれほど可愛がってくれた祖母が変わってしまった。私の心には、どうしようもない悲しみがこみ上げてきた。

私は、できるだけ祖母のそばにいたいと思った。週末に祖母の家に通うようになった。しかし、お世話をしていても意思が伝わらず、お互い疲れてしまうことが増えていった。楽しかった外食も、行けるお店が限られてきた。お皿やお鉢がたくさん並ぶと、どれから箸をつけたらいいか、祖母はわからなくなるからだ。お肉を噛み切れず吐き出すことも増えた。

祖母の日課は、毎朝、夕と愛犬を連れて近所を回ることだった。近所の人たちとの世間話が活力の元だった。おしゃべりな祖母は、私のことを何でも話すので、少し困りものだった。手先が器用な祖母は、絵も手芸も一級品だった。今では道具箱が埃をかぶり隅の方で眠っている。出番のなくなったクローゼットの洋服たちが、寂しそうにぶら下がる。

「おばあちゃん、バカになっちゃったもんで」。そう言って虚ろな顔をする祖母。祖母は、周りに迷惑をかけていると思い、気にしているのだ。いいえ、家族の誰も責めたりしない。でも、その気遣いがかえって祖母を苦しめるのかもしれない。祖母の笑顔は消えてしまった。「変わってしまったこと」を一番感じているのは、祖母自身なのだ。私はそのことに気づいた。祖母の笑顔を少しでも取り戻したい。認知症という病気をもっとよく知りたい。そうすれば、祖母の気持ちに寄り添えるのではないか。認知症に関するテキストを何冊か手に取ってみた。

認知症は、以前は老人性痴呆と呼ばれ、知的な精神能力が失われた状態と見なされていた。痴呆は恐ろしい病気と考えられ、重症化しないと診断されなかった。だから、認知症当事者の語りは存在しなかった。その認識が変わったきっかけは、2004年に京都で開催された国際アルツハイマー病協会の国際会議だったそうだ。ひとりの若年性認知症の男性患者が、自分の状態や心の内についてスピーチを行ったのだ。認知症をもつ人は、途中で自分が認知症かもしれないと気づく。すると、先行きの見えない未来に悩み、大きな不安を抱く。自分が壊れてしまう、周りに迷惑をかける、惨めに生きたくない。そのような思いは、家族でさえ共有は難しい。そして、楽しかった日常は奪われ、大切な交流を手放していくのだと訴えた。それからの私は、祖母の孤独感を踏まえ、どのように接すればいいのか考える日々を過ごした。

ある日、私が日本の唱歌を口ずさんでいたら、祖母が合わせて歌い始めた。祖母は、懐かしい歌なら正確に覚えていた。そうだ、祖母は歌が大好きだった。偶然にも、私は祖母と同世代の先生から声楽のレッスンを受けていた。すぐに先生に相談して、祖母が知っていそうな懐かしい歌をいくつか教わった。

私は、北原白秋と山田耕筰の「この道」を歌った。たちまち輝く祖母の目。

「この道はいつか来た道。ああ、そうだよ。あかしやの花が咲いてる」。

普段の会話でも言葉がうまく出辛い祖母が、歌詞も間違わない、音程もリズムも外さない。「もっと歌って。もっと歌って」と催促する祖母。一緒に「花」、「ふるさと」と続ける。歌い切った祖母は、「おばあちゃんは、音楽の時間にいつも先生にほめられていたのよ」と自信たっぷりに言った。そこには満面の笑みが。ずいぶん久しぶりの祖母の笑顔だった。

音楽療法という治療法がある。音楽を使ったプログラムを通じたリハビリテーションを指すそうだ。音楽は不安や緊張を軽減し、脳を活性化させる。かつての楽しい思い出を蘇らせ、喜びの感情を再現できる。私はギターを練習して、伴奏ができるようになった。拙い音でも、祖母は身体を揺らして、楽しそうに歌ってくれる。メディアで懐かしい映像を一緒に探した。見たことのない昭和の歌手たち。祖母から教わる時間がうれしい。

祖母が感じていた孤独とは何だろう。インドで貧しい人々に仕えたカトリック教会の聖人であるマザー・テレサは、「人間にとって一番酷い病気は、だれからも必要とされていないと感じることである」といった。祖母は、自分の身に起きた深刻な変化に気づき、失われて取り返せない事態を悟ったのだと思う。喪失そのものより、喪失によって自分の存在価値が奪われ、誰からも必要とされないのではないかという恐れが問題なのだ。

認知症は、現代医学では治療が難しく、症状はゆっくり進行し重くなる。祖母のできることも、少しずつ失われていくだろう。しかし、私には、祖母の気持ちや状態が以前よりわかる。祖母と一緒に楽しみ、笑うことができれば、今は恐れなくてすむのだ。私は、認知症に向き合いながら、祖母との残された時間を大切にしたいと心から願っている。

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