講評
第7回 看護・介護エピソードコンテスト川名選考委員長

今回もたくさんのご応募をありがとうございました。最終選考に残った34作品の作者の年齢は17歳から76歳。過去から現在までのそれぞれの立場からの介護・看護エピソードが寄せられました。毎回、確実にレベルアップしていて、差がつけにくくなっているのが悩みです。コロナ禍での介護施設の看取りのエピソードを綴った大賞作品を含めて上位10作品は大きく点差がつかず、リモートでのもどかしさを感じつつ、選考委員の合議で選考しました。少し前のことも大昔に感じるような変化の激しい時代ですので、振り返りより、今を語るエピソードが光っていたと思います。

大賞の「「つなぐ」を強く、笑顔のために」(小松崎潤さん、介護職)は、選考委員の合計点がトップで文句なしの大賞受賞です。エピソードの主人公のミエさんは、感染予防のため、終末期なのに面会禁止、職員に手も握ってもらえず、表情は暗く、食事も取らなくなり、「命のための隔離が、命を脅かす」状況に。直接会うことはできなくても、心の繋がりを断ち切ってはならないと小松崎さんの奮闘が始まります。コロナ禍での介護施設の混乱、家族、本人の困惑、職員の踏ん張りが短編映画のようにまとめられていて、特に、一足先に逝ってしまったご主人の墓参りのくだりは秀逸です。何より、一人一人の命に責任を持つ覚悟で働く介護士の姿が素敵でした。

優秀作品は3作品。「この道はいつか来た道」(土岐ことはさん、高校生)を読んだ最初の感想は、これって本当に高校生が書いたのかしら? 大好きだった祖母に「あなたは誰?」と言われたら、悲しむのに精一杯でも仕方がないところを、彼女は認知症について学び、祖母の好きだった音楽から音楽療法に辿り着き、マザーテレサの言葉から、祖母の孤独の理由を推し量り、導いた結論が「一緒に楽しみ、笑うことができれば今は恐れなくてすむ」。祖母への暖かな目線とロジカルな分析のバランスもほどよく、情緒優位の介護作文界の中にあって新ジャンルと言えるのではないでしょうか。新たな時代の到来を感じました。

「届け!最後で最高のピース」(中山恵美代さん、会社員)は、末期がんの父親を自宅で看取った家族のエピソードです。「下の世話なんて絶対無理」「仕事も休めない」と不安だらけだったごく普通の家族を変えたのは、残った力を振り絞ってトイレに向かうあきらめない父親の姿。最後の家族写真に残した最高のピースサインは、お世話になったケアマネや、ヘルパー、看護師らに向けられた感謝だと作者は想像しています。メンバーはきっと10人以上。本人の頑張りをみんなで支える今時のチームケアが、リアルにテンポよく、ぎゅっとコンパクトにまとめられた秀作。この姿が日本のノーマルになってほしいという願いも込めて選ばせていただきました。

「旅立ちの時に、私の勤務を選んでくれた」(蛭田えみさん、看護師)は、看護師である秋山委員と医師である溝尾委員もとても高く評価していました。知らなかったのですが、若い時代の作者が直面した「私が夜勤の時に人が死ぬのは私のせいかもしれない」という思いは、看護師にとって必ず超えなければならない壁だそうです。作者の場合は、患者の家族からの「あなたの勤務を選んで旅立っている」という言葉が吹っ切るきかっけになりました。秋山、溝尾両委員によると、死と正面から向き合い、折り合うことのできる良い言葉で、とても参考になるということでした。地味ですが普遍性のあるエピソードも大切にしていきたいですね。

選考委員特別賞は2作品。「車椅子の看護師〜高尾山のある町での育みあい~」(櫛田美知子さん、一般社団法人代表理事、看護師)は、地域包括支援センターに勤務し、地域に出かけて行ったことが、バリアフリーのまちづくりにつながっていったというエピソード。存在感たっぷりの文章が印象的です。これからは看護師にも地域づくりの視点が重要と秋山委員の推薦がありました。「この笑顔を守りたい」(二村直子さん、主婦)は、進行性の筋肉の難病を抱える娘さんへの切なくなるほどの愛情が溢れる作品です。高齢者介護ばかりでなく、障害の問題も取り上げて欲しいと溝尾委員から推薦がありました。20歳を前に気管切開のため、最後に残された声を出す能力さえ奪われても、適応し、進化し、いつも笑顔を忘れないたくましい命。この娘さんのように胃瘻や人工呼吸器が必要な医療的ケア児が増えていますが、ご家族の頑張りには限界があり、この笑顔を守る社会にならなければなりません。

アフターコロナの世界では、さらにデジタル化が加速することでしょう。しかし、生老病死をバーチャルにすることはできません。身近な人の介護は命のリアルに向き合うことのできる貴重な体験であり、仕事としてもその価値を社会が「発見」していくようになると私は思っています。思いを新たにした今回のエピソードコンテストでした。次回は、ぜひ、あなたのエピソードをお寄せください。

  • 広報誌オレンジクロス
  • 研究・プロジェクト
  • 賛助会員募集について
  • Facebookもチェック