優秀賞
第6回 看護・介護エピソードコンテスト『諦めなくて良かった』 JONI PALSONさん

夢を信じることは大切な事だと思います。高校-年生の時、初めて日本語を勉強し「ありがとう」という言葉を覚えました。授業中に先生が日本について色々な事を話してくれて日本が好きになり、日本へ行きたい夢が芽生え始めました。高校を卒業してから、少しでも他の人の役に立ちたかったので看護大学進学を親に相談してみました。学費があまりにも高く親の経済力では無理だったので、兄妹に反対されました。しかし、母が「いくら貧乏でも勉強は続けなさい」と 応援してくれて大学に入学出来ました。お金に困っていたのにどうやって学費を工面してくれたのか、今でも不思議に思っています。

インドネシアでは毎週日曜日に日本のアニメが放送され、見るたびに日本の事が頭から離れず日本へ行きたい夢が膨らんでいきました。親元を離れ大学の長期休暇があっても帰省をせず、唯一の楽しみは買った本の日本語をひたすら覚えることでした。時々、「お前可笑しくない、お前は日本へ行ける訳ないでしょ」と友達にからかわれることがありましたが「いつかきっと夢は叶う」と信じていました。2011年、卒業論文を書いている時に東日本大震災のニュースを耳にしました。震災で何百人もの人が犠牲になったことを知り、涙が溢れました。

大学卒業後、都会で就職活動をしましたが、大学の成績の良し悪しは関係なく、病院内に親戚がいなければ仕事に就くことは難しい現実がありました。就職活動を諦めかけた頃、海外での看護師募集があることを知り色々調べました。そして、インドネシア日本経済連携協定(EPA)というプログラムを知り、応募して合格することができました。2013年来日し大阪研修センターで日本語を勉強しました。日本の制度では病院で働くには二年以上の実習経験がなくてはなりません。私は条件に満たなかった為介護施設で働くことになりました。研修期間中に日本語能力試験2級を習得していたので苦労なく働けると思っていましたが、実際に現場に入ってみたら専門用語が飛び交い、わからないことだらけで日々ストレスを抱えていました。そして、レビー小体型認知症、アルツハイマー型認知症等を抱える入居者様と初めて接して戸惑う毎日は、ストレスに追い打ちをかけました。ある日、80歳ぐらいの女性の入居者様の話し相手になりました。「お兄さんはどこから来たの」、「名前は何というの」外国人の私に興味を示したようで普通の会話も弾んできたところ、返答が終わるや否や何度も同じ質問を繰り返され、戸惑ってしまいました。どうして良いか分からずその場所からすぐに逃げたいと思いましたが、親から「ほかの人に話している時は、つらい事があっても笑顔で」と教えてくれた事を思い出し、同じ質問にも「そうですね」と笑顔で答えることが出来ました。

月日が経ち、同僚のお陰で仕事にも少し慣れてきましたが排泄介助、食事介助等に最初は抵抗を感じた事もありました。特に排泄介助についてはインドネシアの病院で実習した時の主な仕事は採血や点滴で、検査以外の利用者の排泄物はそのご家族が処理してくれたので触れることは殆どありませんでした。この仕事は続けられないかもしれないと諦めかけた時、相談できる日本語の先生に悩みを全部打ち明けてみました。先生から「石の上にも3年」と言われました。どういうことかと調べてみたら「辛くても我慢してやり続ければいつかはきっと良い事になる」という意味でした。私は「折角日本に来たんだから取り敢えずやる!」と初心に戻ることにしました。

インドネシアでは日本とは違い、年老いた親の面倒を家族で見る習慣があります。この違いは何なのか気になり調べてみました。今の日本は高齢者人口が28.1%で成人人口の12.2%を大きく上回っている為、家族で面倒を見るのが難しいと分かってきました。

仕事を初めて2年経った頃、私は大きなショックを受けました。日本のテレビのニュースで朝から晩までISIS(イーシス)に関してのニュースが取り上げられました。ISISを日本語に訳すとイスラム過激派組織です。そのことが介護現場で働くイスラム教徒の私達にも大きな影響がありました。親しかった同僚や周りの人達の態度が変わり、「本当のイスラム教は違う、そうじゃない」と伝えたくても言葉の壁があり、直接偏見を感じていなかったのですが家で泣いていた日々でした。母に話してみたら「あなたの行いを見てイスラム教の教えが周りの人に伝わるから、今まで通り元気に笑顔で慈悲の心を持って働けばよい」と言われ、私は母のアドバイス通り一日5回のお祈りや断食をきちんと行いました。すると、これまでイスラム教に興味を持っていなかった周りの人達に「断食ってなんですか、なんでお祈りしなくちゃいけないの」と尋ねられるようになり、イスラム教についての理解を少しずつ得られるようになりました。

介護現場での仕事の内容は、朝起こしたり、食事介助をしたり、入浴手伝いをしたりと、毎日同じ事の繰り返しで飽きるという声もあるかもしれません。しかし、そんな毎日の中で入居者様の小さな変化を感じられるのは家族でもなく、医療関係者でもなく、私達介職員であると思っています。日々、入居者様との何気ない会話の中で「ありがとう」という言葉に喜びや仕事のやり甲斐が感じられます。自分の家族ではありませんが、一生懸命お世話をすることで心が通うことが素晴らしいところだと私は思います。国家試験に合格してから6年が経ち、勉強しなければならないことがまだ沢山ありますが、周りの人の支えで辛い事を乗り越えられた今だからこそ「あの日、あの時諦めなくて良かった」と感じます。 

そして、介護福祉士としてのプライドを持って、どこかで落ち込んでいる後輩達が元気になってくれるようエールを送りたいと思います。

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